「映える」人より、「落ち着く」人を探してた。
「アテンション疲れ」、という言葉が会社から送られてきた日のこと。
会社の社長から、ニュース記事が全社向けによく転送されてきます。
先日の記事テーマは「アテンション疲れ」。
主にSNSで注目を集めることに疲弊し、
そこから解放される動きが出ているという話でした。
読みながら、あ、これ自分のことだな、とすごく感じたんです。
最近、刺激が強い人を避けるようになりました
SNSを開くと、強い言葉が飛び込んできますよね。
「これは絶対やるべき」
「知らないと損」
「〇〇は終わった」。
読んだ瞬間に動かされる投稿ばかりで。
最初はそういうのを参考にしようとしていたんですけど、
最近はスクロールする指が止まるようになってきました。
フォローを外したり、ミュートしたりというより、
なんとなく「見なくなる」という感じで。
疲れているというより、
もう呼吸が浅くなるから近づかない。
という感覚に近いかもしれません。
読むだけで疲れる投稿、増えていませんか
バズ狙いの投稿、炎上しそうな言い回し、
ひと言でざわっとさせるタイトル。
どれも上手くて、うまく作られているんですよね。
でも読み終わったあとに、何かが減っている感じがします。
エネルギーを持っていかれる、というか。
わたしは絵本を作っているんですけど、
読んだあとに子どもが「もう一回」と言ってくれる絵本って、
刺激が強いわけじゃないんですよね。
むしろ静かで、やさしくて、何度読んでも安心できる。
そういう絵本のそばに、子どもは帰ってくる。
バズより、安心して読める人のところへ戻ってきています
Substackを始めてから、読む側の変化も感じています。
フォローしたくなるのが、
主張が強い人よりも、静かに自分の言葉で書いている人。
スクロールを止めるのが、
驚かせようとしている文章よりも、
普通の日常をちゃんと書いている文章で。
情報を集めに来るというより、
呼吸を整えに来ている感じがします。
わたしがSubstackで書くときも、
読んだあとに誰かの呼吸が少し深くなったらいいな、
とどこかで思いながら書いていて。
「映える人」に憧れていた時期もあったけど、
今わたしが探しているのは
「落ち着く人」なんだな、と気づきました。
静かな文章に、救われる感覚
朝3時に起きて、
夫の部屋の隅でPCを開いて記事を書いているんですが、
あの時間がわたしにとってはSubstackを読む時間でもあって。
強い言葉がない。急かされない。
誰かの日常や考えが、静かに流れていく。
子どもが起きてくるまでのあの時間に、
ざわざわしない文章を読めることが、好きになってきました。
「アテンション疲れ」という言葉を知って、
あ、これが理由だったんだな、と思えてすっきりした気がします。
皆さんは最近、どんな文章のそばに居心地のよさを感じますか。
よかったら教えてもらえたら嬉しいです。
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自分が置いてかれるような感覚になってしまう時がありますが、この記事を読んで、ホッとできました!🥲
ビジネス!攻略!みたいな記事は他SNSでお腹いっぱいなので、サブスタでは人となりや考えが分かる、ある意味素が見えるような、そんな記事が見たいですね👀✨