「書く人」になる前に、「気になる人」だった。
書こうとして止まっていた頃と、今の違いは、そこだった気がします。
記事を書こうとして、途中で止まった経験ありませんか。
わたしはあります。
かなりあります。
「さあ書くぞ~!」
とパソコンを開いたのに、な~んにも出てこない。
気づけば別のことを始めちゃったりなんかして、
そのまま閉じる。
あの感覚、今でも覚えてます。
書こうとしていた頃
あの頃のわたしは、
「記事を書く」と決めてから始めてました。
テーマを決める。
構成を考える。
書き出しを考える。
でも、その時点でもう苦しくなってたんです。
「何を書けばいいんだろう」って。
有益なことを書かなきゃいけない。
「ちゃんと」まとまってないと出せない。
そんな声が頭の中でどんどん大きくなるんです。
そして結局、何も書けない。
あぁ、時間だけが過ぎていく…
今振り返ると、
わたしは「書く人」になろうとしていました。
でも、なれませんでした。
いつも最初の一文で止まっていた
止まる場所は決まっていました。
書き出しです。
そっから!?って思いますよね。
でもほん、最初の一文から出てこない。
だから二文目も出てこない。そりゃそうだ。
今なら分かります。
だって、最初から完成品を書こうとしてたんですもの。
メモではなく原稿を。
下書きではなく記事を。
だから怖かった。
慎重になった。
そして、動けなくなった~完~
完成を目指すと、もう始められません。
これ、
書く人にとってはかなり大事な話だと思ってます。
気になったことだけ残した
変わったのは、「書く」をやめたときでした。
代わりに始めたのが、「残す」です。
記事にしようとしない。
ただ、気になったことだけを残しておく。
娘の落書きが丸3つと線ふたつだったこと。
道に子どもの靴が片方だけ置いてあったこと。
ポケモンでチコリータ以外を選んでリセットしたこと。
記事にならなくていい。
誰にも見せなくていい。
ただ、
「なんか引っかかった」
という感覚だけを残しておく。
すると不思議なことに、
あとから記事になりました。
書こうとして書いたのではありません。
気になったから残した。
その結果として記事になったんです。
順番が、逆でした。
書くより先に、見ることだった
今の朝はこんな感じです。
20時に子どもと寝る。
3時に起きる。
夫の仕事部屋のデスクのはしっこでパソコンを開く。
頭の中にあるのは、
前日に気になった小さなことです。
誰かの一言。
落書き。
スーパーで見た光景。
それをカチカチ打ち始める。
すると、自分でも気づいていなかった感覚が出てきます。
そして記事になる。
わたしは「書く人」になったわけではないんです。
もともと「気になる人」だった。
そのことに気づいただけでした。
書くものは向こうからやってくる
日常をちゃんと見ていると、
書くものは向こうからやってきます。
書けないのではありません。
見逃しているだけかもしれません。
だから無理に「書く人」になろうとしなくていい。
まずは「気になる人」でいること。
それだけで十分です。
「書く人」になろうとしなくていい。
「気になる人」でいれば、
書くものは向こうからやってくる。
最近、なにか気になったことはありましたか。
大したことではなくて大丈夫です。
なぜか頭に残っていること。
もしあれば、コメントで教えてください。
たぶんそれが、あなたの次の記事の種です。
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気になる方は登録して、ぜひ次回も読んでくださいね。



完成品じゃなくて良いんですよね☺️
なんなら、あれこれ書いたあげく
「とまぁ、何が言いたいのかわから分からない文章になっちゃいました😆ゴミン😝」
と追記しておけばそれで良しみたいたものだと思ってます。
それはさすがに適当すぎかも知れませんが🤣と言いつつ、私はわりとそんな感じです🥹
あなたが生きてるだけで有益!
長い文章じゃなきゃ有益と思ってる人が多いよね。だから書けなくなる。
短い短文でいいですよね。逆に伝わるし。