毎日書いてたら、飽きました。
でも、嫌いになったわけではありませんでした。
最近、ちょっと飽きてきたかもしれない…
そう思った瞬間、
わたし自身ビックリしました。
え、わたし..
毎日あんなにウキウキしながら書いてたのに?
Substackを始めて2か月。
ほんとに毎日、記事を書いてます。
朝起きたら、
「今日は何書こっかな~」
そんなことを考えるのが、日課になってます。
娘との会話、
仕事での出来事。
スーパーで見つけた小さな違和感..
「あ。これ、記事になるかも。」
そんな感じで毎日、
アンテナがピコピコ反応するようになりました。
ところが最近です。
パソコンを開いて、
キーボードに手を置くと…
「ん〜ぅ…」
指がぴたって止まります。
書けないわけじゃないんです。
カチカチ打ち始めたら、
ちゃんと文章は出てきます。
毎日投稿も苦じゃありません。
でも、
なんとなくワクワクが減ってました。
最初は、
書くことに飽きたのかな…
って、思いました。
でも違いました。
飽きたのは、
書くことじゃありませんでした。
「毎日書く」が普通になっただけだったんです。
歯を磨くように、
コーヒーを淹れるように。
毎日書くことが、
生活の一部になってたんです。
それは、とっても嬉しいこと。
でも、ゲームでもそうですよね。
最初のステージは、
ドキドキ…
敵が出るだけで焦ります。
でも何回も遊んでいると、
スイスイ。
気がつけばクリアできます。
それと同じでした。
「毎日書く」というゲームを、
少し攻略しちゃったんです。
気づけば編集者になってました。
最近の記事を書く前の頭の中は、
こんな感じです。
タイトルはこれかな。
サムネイルはこれかな。
何時に投稿しよう。
考えることは山ほどあります。
でも、ふと気づきました。
最近、遊んでませんでした。
ちょっと前までは、
「面白い!」が先でした。
だから記事が生まれてました。
でも最近は、
「記事を書かなきゃ。」がな気がします。
順番が逆になってたんです。
しかも頭の中には、
おせっかい編集長が住み着いてます。
そのタイトル弱くない?
これ、読まれると思う?
一回添削してみて。
…誰!?
もう、わたしの記事なんですが🤣
面白い記事は、机の上では生まれません。
振り返ってみると、
反応が良かった記事って
気合いを入れて書いた記事じゃなかったんです。
Substackから届く統計メールを、
一度も開いてなかったこと。
娘の思わぬ一言で、
ゲラゲラ笑ったこと。
昨日の記事を読み返して、
「この人、いいこと書いてんな。」
と思ったら、自分だったこと。
そんなクスッと笑える日常から、
記事は生まれてました。
だから、少し遊ぶことにしました。
帰り道を一本変えてみる。
コンビニで、
見たことないような
色のジュースを買ってみる。
娘にふざけた質問をして、
「なにそれ!」と笑われる。
空をぼんやり眺める。
意味はありません。
役にも立ちません。
でもその時間が、
あとから記事になったりするんですよね。
記事を書くために遊ぶんじゃありません。
遊んだから、記事が生まれる。
今は、この順番を大事にしたいと思ってます。
毎日書くことは、
これからも続けると思います。
でもその前に、
毎日ひとつくらいは
「何の役にも立たないこと」
をしてみようと思います。
きっとそのほうが、
記事もわたし自身も、
イキイキしてくる気がするからです。
「飽きた」と思ったら、
終わりではありません。
「面白い」を探しに行こう、
という合図なのかもしれません。
あなたは最近、遊んでますか?
もし毎日を頑張ってるのに、
なんとなくマンネリを感じてるなら。
今日は5分だけ、
意味のないことをしてみませんか。
ふらっと寄り道する、
ぼーっと空を見る。
コンビニで冒険してみる。
毎日を少しだけ面白くしてみる。
それが結果として。
仕事も子育ても、発信も、
少しずつ面白くしてくれる気がしています。
📮 最後まで読んでくださり、
ありがとうございます。
最近、
少し飽きてきたな…
って感じたことはありましたか?
そのとき、何を変えましたか?
ぜひコメントで教えてくださいね。
みなさんの「遊び方」、
わたしもこっそり真似したいです。





まいさん、おはようございます!✨
娘を見ていると、同じ公園、同じ場所でも、自分なりに遊びを見つけて遊んでいる気がします☺️
飽きるどころか以前より楽しそうに🤭
最近、それすごいよなあーと感じていたところで、今回のまいさんの記事。
大人になっても、ときには遊びって必要なんだなあと感じました!
飽きたなと感じた時こそ、遊び(挑戦)をするチャンスなのかもしれませんね☺️