AIイラストを見て、初めて嫉妬した日
悔しかった相手は、AIではなかったのかもしれない
コーヒーはすっかり冷めていました。
何気なく開いた画面に、
一枚のAIイラストが流れてきました。
明るさも、構図も、
色の重なり方もきれいでした。
そのとき、スクロールする指が止まりました。
しばらくその絵を見ていた気がします。
でも、そのとき最初に浮かんだ感情は驚きではありませんでした。
胸の奥が少しだけざわついたんです。
なぜ、その絵に目が止まったのか
その絵には、
わたしが好きそうなものが全部入ってました。
柔らかい光。
絵本のような空気。
どこか懐かしい色。
画面の向こうには作者の机も、
描き直した跡もありません。
ただ完成された一枚だけが静かに置かれてました。
わたしはその絵を何度か拡大して見ました。
粗探しをしたかったのかもしれません。
でも、見つかりませんでした。
代わりに、
自分の描きかけのラフが気になり始めました。
机の端に置かれたままの紙。
途中で止まったアイデア。
開きっぱなしの資料。
目に入るようになったのは、
そっちの方でした。
AIに勝ちたかったわけじゃない
正直、悔しかったです。
でも今振り返ると、
その悔しさは少し不思議でした。
わたしは最初から、
AIに勝とうとしていたわけじゃありません。
むしろわたしは、
AIを使いながら絵本を作ろうとしていた側です。
だから本来なら、
「すごいな」
で終わってもよかったはずなんです。
それなのに悔しかった。
その感情だけが妙に引っかかりました。
本当に痛かったのは、自分の停滞だった
しばらくして、もう一度机を見ました。
描きかけのラフは、
前に見たときと何も変わっていませんでした。
変わっていたのは、わたしのほう。
アイデアを温めているつもりで、
実は動いていなかった時間があった。
もっと良い形を考えているつもりで、
少し立ち止まり続けていた。
AIイラストを見た瞬間、
その事実だけが急に照らされた気がしたんです。
悔しさの矛先は、
画面の中のAIではありませんでした。
動いているものを見たことで、
動いていなかった自分が見えてしまった。
たぶん、そのことがチクチクと痛かったんだと思います。
それでも、わたしが絵本を作る理由
それから少し考えました。
もしAIが、
きれいな絵を作れるようになるなら。
もし構図も色も世界観も短時間で作れるなら。
わたしは何のために絵本を作るんだろう。
答えはまだはっきりしていません。
でも最近思うのは、
絵本は完成した一枚の絵だけではないのかもしれないということです。
どこで立ち止まったか。
何に引っかかったか。
なぜその景色を描きたくなったのか。
そういう遠回りの部分ごと作品になる。
AIを使うことも含めて、
その試行錯誤そのものが、
わたしの物語なんだって、思うようになりました。
だから今は、
AIと戦いたいわけではありません。
ただ、自分が立ち止まったままにならないようにしたい。
あの日の悔しさは、
そのことを思い出させてくれた気がしています。
あなたが嫉妬した相手は誰でしたか
あの日、あなたが思わず嫉妬したものは何でしたか。
その相手のことではなく、
自分自身の何かを映していたことはなかったでしょうか。
よかったら、コメントで教えてくださいね。



試行錯誤そのものが私の物語
この部分がとても響きました✨
まいさんのプロセス自体も作品なんですよね☺️
ボクの場合の嫉妬はアーティストの仲間たち。
自分では表現できないことや感性を爆発させて表現する姿に。
でも、そこから探求しようとしている自分がいるし、アートではないことに対してアート的な観点で捉えるチャレンジもできるようになり、今の自分に繋がってるように感じます。
私もあります〜嫉妬というか、どうやったらこんな絵が作れるのかという憧れに近いかもしれません😌
まだまだ追いつかず、常に追いかけてる状態です笑