誰が作ったか、が残る時代になってきた。
量産できる時代に、「気配」で選ばれること。
ワーママ絵本作家のわたしが最近、少しこわいと感じること
AIで絵本が量産できるようになって、
「かわいい絵本」って、
もう誰でも作れるんですよね。
わたしも使ってます。
ChatGPT image2、nano banana pro。
参考画像を渡してキャラクターを固定して、
何パターンも出してもらって。
便利だし、速い。
でも使えば使うほど、
ある問いが浮かんでくるんです。
「これ、わたしじゃなくてもよくない?」
毎日3時に起きてます
20時に子どもと一緒に寝て、
3時に起きて、
子どもが起きてくるまでの時間が
わたしの制作タイムになってます。
静かなテーブルに座って、
コーヒーを飲みながら
絵本の絵を眺めていると、
「あ、ここの空白、なんか意味あるな」とか、
「このキャラ、なんでこんな顔してるんだっけ」とか、
そういうことをぼんやり考える時間がある。
でもAIに、この「ぼんやり」を出させるのが難しい。
子ども好きなのって?
子どもって、ストーリーよりも先に
キャラクターを好きになるんですよね。
うちの子も、私が作った電子絵本
「まっしろねこ」をもう何十回も読んでるんだけど、
好きなのはお話じゃなくて、
あの子の「顔」なんだろうなって。
「今日は会える?」って言いながら
私のスマホを持ってくるんです。
その瞬間、なんか胸があったかくなって。
あ、この子が好きなのは
キャラクターじゃなくて、
わたしが込めた「何か」なんだ、って。
量産できる時代に残るのは何だろう
最近すごく感じるのは、「量」じゃないということ。
これまでXで毎日投稿してきてますが、
すこし疲れてきている気がします。
積み上げてるはずなのに、
なんにも残ってない感覚があって。
アルゴリズムに乗る発信と、
「この人の世界観、また見に来たい」
って思ってもらえる発信って、
たぶん、全然別のものだと思ってて。
わたしがやりたいのは後者で、
そのことをちゃんと言葉にできたのが
Substackを始めたきっかけのひとつです。
AIには出せないものってたくさんある
AIが作ったものは、
うまい。きれい。速い。
でも「誰が作ったか」を出すのって、難しいです。
人が作品に帰ってくるとき、
帰ってくるのは「作品」じゃなくて、
「その人の気配がある場所」なんじゃないかな。
3時に起きて、
子どもの寝顔を横目に机に向かって、
子どもが起きてくるまでの静かな時間に
絵を眺めながら考えた人間が作ったもの。
その「気配」は、
まだAIには出せないよ、って信じてます。
あなたの作品には、
「あなたがいる」でしょうか?
答えじゃなく、
ただ聞いてみたくなりました。
さいごに
本文の途中で紹介している絵本のリンクを貼ります。
noteのコミックビューアで無料公開中です。
もしよければ、覗いてみてください。





まいさん、こんにちは✨
めちゃくちゃ刺さりました…。🥹✨
最近、「伸ばすための投稿」と
「この人の世界観をまた見たい」って思われる発信って、
本当に別物だなと感じています。
AIで量産できる時代だからこそ、
最後に残るのは
“誰が作ったか” の気配なのかもしれませんね🌙
まいさん、記事と絵本、読ませていただきました😸
ふんわり、やわらかくて、あたたかい。
まいさんの作品が持つ「気配」を、わたしはこう感じました...!🙇♀️
作者のお人柄が作品にも息づくんだなって、改めて思いました☺️