SNSで埋もれる話ほど、Substackでは価値になる
読者は「情報」を覚えていない。でも、「温度」は覚えてる。
SNSでは流れる話が、メールでは残る
SNSは、タイムラインを流れていきますよね。
いいねがついても、
翌日には誰も覚えていないことも多いと思います。
気合を入れて投稿したとしても、大体そんなもんです。
(…あれ、わたしだけ?)
でも、Substackは少し違います。
購読者登録と受信側の設定を行えば、
記事はタイムラインではなく、メールとして届く。
受信箱に、「この人の記事が届いた」
という形で、現れる。
その時点で、
読む側の気持ちはSNSとは少し違っている気がしてます。
だからSubstackでは、多くの人向けの話よりも、
「この人にしか書けない話」のほうが残る。
そんな感覚があります。
「地味な話」に価値がないわけではない
子どもが靴を片方落としていた話。
くろにゃんの耳の形を、何十回も描き直した朝の話。
ポケモンでチコリータ以外を選んで、リセットを繰り返していた話。
これ、公開中のわたしの記事たちです。
SNSだけを基準にすると、どれも「弱い話」に見えます。
でも、こういう記事のほうが、
実はコメントをもらうことが多いんです。
「わかります」
「同じです」
そういう言葉が返ってくる。
バズらない。
でも、深く届く。
それは、地味な話に価値がないんじゃなくて、
届ける場所が違っていただけなのかもしれません。
すみません。わたしの場合、バズらないのはもとからでした。
アルゴリズムに嫌われる話が、ファンを作る
SNSのアルゴリズムは、
多くの人が反応するものを広げます。
だから、
「わかる人にはすごくわかる話」は不利です。
万人向けではないから。
でもSubstackは、
登録してくれた人に直接届きます。
つまり、「読みたい人が来てくれている場所」
なんですよね。
だから、わかる人だけに届けばいい話が機能する。
むしろ、万人向けをやめたほうが、
濃い読者が残っていく感覚があります。
読者は情報を忘れても、
読んだときの温度は覚えてる。
小さい気づきを届けられる人が、強い
朝3時に起きて、
夫の仕事部屋のデスクの隅でPCを開いて、
子どもが起きる前に書く。
SNSでは、たぶん伸びない話です。
でも「わかる」と感じてくれる人には、
深く届く気がしています。
わたしは絵本を作るとき、
「すごい物語」より、
「毎晩子どもが持ってきたくなる絵本」
を目指しています。
Substackも同じです。
バズることより、
「また来たくなる場所」を作りたい。
そのためには、派手な話より、
温度のある話を積み上げるほうが、
長く効く気がしてます。
「また読みたい」は、温度から生まれる
SNSでフォローしたくなる人は、
有益な情報を持っている人が多い。
でも、
「またこの人の話を読みたい」
と思うのは、
情報量だけではない気がしてます。
そこに、
この人がここにいる感じがあるかどうか。
温度というのは、
上手な文章のことではなくて、
その人の感覚が滲んでいること。
地味な話でも、
温度が乗っていると、
読んだ人の記憶に残る。
SNSでは流れてしまう話が、
Substackでは、
誰かの「また来たい理由」になる。
わたしは今、
そういう場所としてSubstackで書いてます。
こういう話を、
これからもここで書いていきます。
「SNSでは投稿しにくいけれど、誰かに届けたい話」
があるなら、ぜひコメントで教えてくださいね。
きっとそういう話ほど、
誰かの心には残ると思っています。
わたしも、読んでみたいな。



(ノ≧▽≦)ノ
一緒にコツコツよろしくお願いします😆💕
激しく共感しました!
私もそういう場所を作ろうと奮闘しているところです💦