Xが窮屈に感じてきた日に、Substackを開いた話。
流れていく言葉と、残しておきたい言葉を、分けて考えてみた。
Xは好きで、今も続けてる
Xがあったから、今の活動がある、と
わりと本気で思ってます。
フォロワーさんとのやりとりが楽しくて、
交流や関係性を大事に積み上げてきた場所でもあって。
今も続けてるし、だいすきです。
でも最近、なんか窮屈になってきた感覚があって…
「有益じゃないと」という空気が、地味にしんどかった
Xって、アルゴリズムに乗る投稿と
乗らない投稿って、わりとはっきり分かれてますよね。
AI活用の話、絵本制作の話、IP戦略の話。
そういうのはちゃんと届く。
でも子どもが今日おもしろいことを言ってた、とか、
朝読んでた本でこんな一文に引っかかった、とか、
そういう小さなことを書こうとすると
「これ、意味あるかな」って手が止まるようになってたんですよね。
もちろんXが嫌いになったわけじゃないです。
ただ、「役立つことを出さないといけない」みたいな
プレッシャーをどこかで感じてたんだと思います。
心が動いた小さなことを、書いていい場所がほしかった
そのタイミングもあって、Substackを始めました。
ここは「伸ばす」より「残す」場所にしよう、
と決めてから、少し楽になったんです。
役立つかどうかより先に、
「心が動いたかどうか」で書いていい。
趣味のこと、日常のこと、
子どもがおもしろいことを言ったこと、
読んでいて「あ」と止まった一文のこと。
Xでは出しにくかった小さなことが、
ここには自然に書けるようになってきました。
流れていく言葉と、残しておきたい言葉
Xの投稿って、翌朝には流れていくんですよね。
いいねがついても、
自分で何を書いたか覚えていないことも。
ただ、それでいい場面もあって。
その日その日の交流や反応が楽しい場所でもありますし。
でも一方で、
1年後に読み返しても自分らしいと思えるものを
どこかに置いておきたくって…
Xでは流していく言葉、
Substackには残しておく言葉。
そういう使い分けが、今のわたしにはしっくりきてます。
今日も、ちっちゃなことを書きにきた
今朝、子どもが起きてくる前の時間に、
夫の部屋の隅でこれを書いてました。
特別なことじゃない。
有益でもないかもしれない。
でも、Substackって
そういう使い方でいいんだよな、と
自分に言い聞かせながら書いてます。
あなたには、
「流していく言葉」と
「残しておきたい言葉」、
ありますか。




まいさん、おはようございます☀
「有益じゃないと」という空気
たしかにそうゆう圧みたいなもの、ありますよね。そしてここは「残す」場所😌
良いスタンスだと思います。
本日もよろしくお願いいたします!
いつまでアルゴリズムに支配され続けるのか?
って感じですよね。
フォロワーさんとの関係性があれば、「スタバなう」でもいいのかもしれません😆